与えられたテキストは使徒言行録18:1-11です。パウロがコリントにキリストの福音を伝えたことが記されています。コリントⅠ2;2,3には、「わたしはあなたがたの間で、イエス・キリスト以外、何も知るまいと心に決めていたからです。そちらに行ったとき、わたしは衰弱していて、恐れに取り憑かれ、ひどく不安だった。」と述べています。「ひどく不安だ」など、パウロらしくないと思います。同時に、パウロもわたしたちと同じ人間だと、近親感を持ちます。パウロはコリンに入る直前にアテネに入りました。アテネはギリシャの知識人、学者が集まっている文化都市、哲学の町です。パウロは意識して熱弁を振い、意気込んで伝道しました。しかし、アテネ人の反応は鈍く、冷ややかでした。キリストの復活の話に及ぶと「皆あざ笑い、それについては、いずれまた聞かせてもらう」と、皆立ち去って行きました。パウロはショックを受け、挫折感に打ちひしがれました。アテネ伝道も、コリント伝道も非常に厳しい状況でした。例えば、アクロポリスという丘があって、そこには大きな神殿を建て、その中には千人を超える巫女と呼ばれた「娼婦」が囲われ、不道徳なことを行っていました。その不道徳な行いが世の秩序を乱し、倫理・道徳を退廃させ、キリスト教の信仰を受け入れる状況にありませんでした。お金が人の心を支配し、考えることはお金儲けのことです。パウロは不安でした。アクロポリスの神殿参りが信仰だと考えている人々の中で、キリスト伝道は可能だろうか。キリストの話を聞く者はいるだろうか、と思い患いました。不安に取り憑かれたパウロが、アキラと、その妻プリスキラに出会ったのです。この夫婦は、イタリアから逃れてきました。歴史的には紀元49年のことです。時の皇帝クラウディウスが、全ユダヤ人をローマから退去させる事件が起こりました。パウロは、ローマからコリントに逃げてきた二人と出会う、不思議な出会いです。偶然とは思えないのです。同じテント造り、すでにキリスト者でした。偶然ですが、不思議な出来事です。彼等の出会いは神の導きだと思わざる得ません。
パウロは、アキラとプリスキラの家に住み込んで、安息日ごとに会堂で教えました。直ぐユダヤ人律法学者は妨害しました。「激しく妨害され、口汚くののしられた」と記しています。パウロはそれ以上の伝道は無理だと判断し、「今後、わたしは異邦人の方へ行く」と言って、そこを去りました。次に世話になったのが神を崇める敬虔なユトスでした。彼の家に住むことになりました。ところが、ユトスの家は会堂の隣りで、その会堂を借りて礼拝をしました。いつの間にか、その会堂司のクリスポとその家族が主イエス・キリストを信じるようになりました。「信じなさい」と命令形に訳されていますが、神に導かれたのです。神の導きが有ったので、信じることが出来たのです。或る人は作り話かも知れない、プロパガンダだと批判します。神の導きは、人間には隠されています。今は分からないが、後で分かるようになると言います。神の導きは、人間の思いや計画を遙かに超えています。コリント伝道は、パウロの心配を取り越す苦労でした、それでも報われました。「多くの人々が彼の言葉を聞いて信じ、洗礼を受けるようになった」と、パウロの労苦が報われたと言っています。ある夜のこと、主は幻の中で、「恐れるな。語り続けよ。黙っているな」と、パウロを励まします。「恐れるな」は、本来は命令ではなく、「恐れなくてもいい、恐れる必要はない」です。「恐れない」は、自分が強いから、自分がしっかりしているからです、おそれない強いからではなく、神から与えられる神からの賜物です。17;1に、パウロがテサロニケに伝道に入ると、直ぐ暴動が起こり、パウロは夜のうちにペレアに逃げ込みまましたがす。そこにテサロニケからユダヤ人が、パウロを脅迫しました。パウロは、アテネに逃れました。そこから、アテネ伝道は成果がありません。そして、コリント伝道です。ここでは会堂司のクリスポとその家族は洗礼を受け、また、多くの人々がキリストを受け入れたと言います。その成果があった。その成果は、神の憐れみと贈り物であると言うのです。
:9節は「恐れるな。語り続けよ。黙っているな」とあります。「恐れるな」と「語り続けよ」の間に「だから・接続詞」があります。恐れる者から恐れを取り除く。恐れる必要ない。それは神の賜物です。神からの賜物のです。だから、それに応える必要がある。神の賜物をドイツ語で、「ガーベ」と言います。課題・使命は「アウフガーベ」で、賜物、課題・使命も、神から与えられるものと言う考えです。「語り続ける」は、神からの贈り物への応答、使命は神からの贈り物です。また、逆に、使命は、「命を使う」というように、生きる意味と力を与えてくれます。その意味では、「使命」は恐れから解放する力です。
パウロはアキラとその妻プリスキラに出会い、彼等はすでにローマでクリスチャンになっていたことを知りました。パウロはローマにキリストを伝えることが願いでした。しかし、パウロが行かなくても、誰かによって、すでにキリストは伝えられていたのです。これにはパウロは驚きました。コリントでも、パウロが自分が伝道する前に、キリスト者が既にいました。考えられないことでした。パウロは大きな衝撃を受けました。
その事実に直面して、パウロは「気負い」というか、「自分が」という思いが、打ち砕かれたと言います。。「自分がキリストを運ぶ前に、キリストはローマにも、コリントにも、すでに来ている。パウロは謙遜にさせられたと思います。自分中心に考えるのではなく、神中心に考えるようになりました。自分の願いが、どんなに正しく見えても、絶対化しない。キリストの御旨を信じていく。神の力が、自分の働きに先立って働いている。それを信じる時、たとえ事柄がうまく行かない時でも、なお希望を持つことができました。
キリストは、タンポポの種が風に運ばれるように、聖霊の風によって運ばれている。運ばれた場所で、タンポポは咲きます。道端で、農家の屋根の上で、アスハルトの隙間で。コリントにまで飛んできて、地に落ち、芽を出し、花を咲かせました。信仰にはそう言う面があるのです。神の力です。その力を信じて、委ねていく。そのことを学び、信じ受け容れましょう。