2020年12月13日 イザヤ書7章1-14節 「しるしを与える」

 与えられたテキストはイザヤ書7章1-14節です。預言者イザヤが活躍した時代のイスラエルは南北に分裂していました。北方にはアッシリア帝国があり、南方のシリアとパレスチナへ勢力を拡大してきました。それに対抗して、シリアとエフライムは軍事同盟を結びました。更に、南ユダ王国に同盟に加わるよう、戦車と騎馬をもって迫ってきました。南ユダの王アハズと国民は恐れ、王と民の心は風に揺れる林の木のように動揺しました。その時、イザヤは神から王アハズと会見することを命じられました。イザヤは息子シェアル(生き残った者)・ヤシュブ(帰って来る)を連れて、アハズ王と会い、「落ち着いて、静かにしていなさい。恐れることはない。あなたの恐れている二人の王は、燃え残ってくすぶる切り株に過ぎない。人間であって、神ではない。」という神の言葉を告げました。
「落ち着いて」は、「守る」という動詞からきたもので、「自分を守る」という意味です。「恐れる」は「弱い、薄い」という意味で、アラムのレッインとエフライムのレマルヤは燃え残ってくすぶっている切り株だから、心を弱くし動揺しないでいなさいないというのです。しかし、アハズ王は神の言葉を信じることができませんでした。二人の王がエルサレムに攻め上ってきて、自分を倒し、別の王を即位させると恐れました。
9節に「信じなければ、あなたがたは確かにされない」とあります。歴代誌下20章20節には「ユダとエルサレムの住民よ、聞け。あなたたちの神、主に信頼せよ。そうすればあなたたちは確かに生かされる」とあります。「信じる」は、ヘブル語で「アーマン」と言い、「信頼する」という意味です。受身形では「固く支えられる」となります。神を信頼すれば、固く支えられ、自分の力ではなく、神によって確かにされるというのです。「確かにされる」は、「静かにしているならば救われる」の「静かにする、落ち着く」という意味です。しかし、アハズ王は神を信じ信頼することができず、取り乱し、慌てて、アッシリアに援助を求め、結局アッシリアに滅ぼされます。信じるものがない者の悲劇を伝えています。
10節に「主は更にアハズに向かって言われた。『主なるあなたの神に、しるしを求めよ。深く陰府の方に、あるいは高く天の方に。』」とあります。「深く陰府の方、高く天の方」とは、人間を超越した神のことを意味します。神に問え、神に祈れというのです。「彼らは戦車が多いので、これに信頼し、騎兵が強いので、これに信頼する」とありますように、イザヤは、戦車や騎兵に頼れば、滅びると警告しましたが、アハズ王はアッシリアの戦車と騎兵を頼りました。コリントの信徒の手紙Ⅱ4章18節に「わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです」とあります。目に見える現実だけを見るのではなく、見えない神の力を信じ信頼しなければならないというのです。
作家の池澤夏樹さんは「僕たちが聖書について知りたかったこと」という著書の中で、「星の王子」の一文、「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。肝心なことは、目には見えないんだよ」という言葉を引用し、聖書は心の目で見ないと、肝心なことは見えないという真理を伝えています。人は目に見えない世界を心の中に持たなければ豊かに生きることができないと言っています。イザヤは深く陰府の方、高く天の方である主なる神にしるし求めなさいと言います。つまり、見えなくても信じる神に問い、聞きなさいというのです。
14節に「あなたたちは人間に、もどかしい思いをさせるだけでは足りず、わたしの神にも、もどかしい思いをさせるのか。それゆえ、わたしの主が御自ら、あなたたちにしるしを与えられる。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ。」とあります。「ゆえに」は「にもかかわらず」という意味です。神はアハズ王が頑ななにもかかわらず、しるしを与える。神は、アハズ王が風に動かされ林の木のように動揺し、反抗するにもかかわらず、しるしを与える。神は憐れみ深い方であるというのです。
「あなたたちにしるしを与える。見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み、その名をインマヌエルと呼ぶ」の「しるし」は、ヘブル語で「オース」と言い、「サイン・sign、標識」という意味です。アハズ王に世継ぎのヒゼキヤが産まれることは、インマヌエル・神はあなたと共にいるという事実のサイン・しるしであるというのです。神は頑ななアハズ王にもかかわらず、共にいるとしるしに、世継ぎのヒゼキヤを与えるのです。
「孤独な群衆」の著者リースマンは、今日(こんにち)は多くの人が誰にも気づかれず、知られずに、死んでいく孤立した社会、孤独と空虚の時代でると言っています。だからこそ、神はあなたと共いてくださるという福音を伝えなければと思います。神はあなたを捨てて孤児とはしない、たとえ父母があなたを捨てても、わたしはあなたを捨てないと約束してくださっています。クリスマスはあなたが何処に行こうと、何処に置かれようと、神はあなたと共にいるというメッセージです。この「わたしはいるという神は必ず共にいる」というメッセージを心に深く覚えながらアドヴェントを過ごしましょう。