2020年12月27日 マタイ福音書2章7-12節 「目標を目指して」

 与えられたテキストはマタイ福音書2章7-12節で、占星術の学者たちが星に導かれ、幼子イエスを探し当て、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を献げ礼拝をしたところです。
切り絵作家のパメラ・ドルトンの「クリスマスものがたり」の翻訳者藤本朝己は占星術の学者を博士と訳しています。三人博士が登場します。ドルトンは三人のうち一人は年老いた博士、二人は青年に描いています。彼らは、イエスに出会った後、どういう人生を歩んだのか?ペトロやヤコブのように弟子になったのか?その後の彼らはどうなったのか。興味のあるテーマですが、何も語っていません。つまり、黄金、乳香、没薬を献げ礼拝することが、彼らの人生は完結であり、彼らの使命と目的の成就であるというのです。
11節に「家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた」とあります。「箱」は複数形で、「背嚢(背中に担ぐ四角な袋)」を意味し、旅人が、肌身離さず身に着けていた袋のことです。「宝」は占星術の学者として無くてならぬもの、大事な用具、技術、研究論文を意味します。言い換えれば、彼らの存在そのもの、彼らの命と人生です。それらを献がたというのです。「拝む」は「仕える」という意味です。つまり、彼らの人生の究極的な目的と使命は、仕え献げることであるというのです。
マルコ福音書10章43節に「異邦人の間では、支配者と見なされる人々が民を支配し、偉い人たちが権力を振るっている。しかし、あなたがたの間では、そうではない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、すべての人の僕となりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのである」とあります。イエス自身も、この世に来た使命と目的は仕え献げるためであると告白しています。
ヴィクトール・フランクルは強制収容所に収容される時に、持ち物すべてを取り上げられました。金品、財産は勿論、洋服、下着、靴、髪の毛、メガネ、歯にかぶせた金まで奪われました。フランクルは、その時は不思議な程冷静であったと言います。しかし、精神科医、医学者として長年研究してきた「ロゴ・セラピー」という心理療法の論文を奪われる時は、冷静ではいられなかったといいます。彼にとって研究論は彼の精神的な子ども、人生の目的でありました。彼は看守に「自分のための論文ではなく、将来の人類のための論文だから、この論文だけは見逃して欲しい」と懇願しました。しかし、看守は「甘えたことを言うな」と怒鳴り声を上げ、取り上げ、焼却炉に投げ入れました。フランクルにとってロゴ・セラピーの論文を失うことは、死を意味していました。彼は打ちのめされ、生きている意味を失い、絶望しました。しかし、不思議なことが起こりました。剥がされ奪われ服の代わりに、囚人服、ボロボロのコートが渡されました。それを着て、ポケットに手を入れると、紙切れが入っていました。破り取った聖書の一部、博士たちが宝物をイエスに献げ、仕える箇所と、イエスが自分を十字架に付けた兵士のために、「彼らをお許しください。彼らはなにをしているのか分からないのです」と祈った箇所でした。フランクルは、こっそり読みました。これまでも何回か読んだところなのに、初めて読むように、彼の心は奮えたそうです。そして、彼の人生の見方、価値観が変えられました。フランクルはそれを「態度価値」と言います。人生の目的と使命は、論文や業績ではなく、厳しい状況の中で、神に創造された人間として祈りと希望をもって生きることであるという思いに至りました。マルセル的に言えば、「to have・なにを持つよりも、to be・いかにあるか」です。フランクルは論文を奪われたのではなく、神に献げたと得心するのでした。占星術の学者たちが人生をイエスに献げ仕えたように、献げ仕える人生に意味があるという思いに至ったというのです。
12節に「彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。ところが、『ヘロデのところへ帰るな』と夢でお告げあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った」とあります。「道」はギリシャ語で「ホドス」と言い、「悟りに至る道、救いの道」を意味します。その「悟り、救いに至る道」を見つけたというのです。
ハンセン病を患った玉木愛子さんの俳句に、「目をささげ、手足をささげクリスマス」という句があります。眼球を抜き、手足を切断しました。正に「奪われました」。それなのに、「目を捧げ、手足を献げた」と詠んでいます。もう一つ、「信ずれば 天地のもの 暖かし」という俳句があります。16歳で発病し82歳まで、66年間、当時ハンセン病は治療薬もなく、感染すると恐れら、隔離政策で、療養所に収容されました。この世は身を置く場所もない、非情で、冷酷でした。しかし、信ずれば、信仰をもって眺める天地は暖かいと告白しています。フランクル流に言えば、「それでも人生にイエスという」となります。本来なら容認できない、否定、拒否の人生を、「然り・イエス」と受け入れることができる。歩んできた道を感謝して受け入れることができるというのです。
知人が東日本大震災の時に、交通事故で亡くなりました。彼は福島の出身でしたので、小学校時代の同級生を慰問するために、援助物資を、車に積んで行きました。その途中での事故でした。彼の家族から、彼の手帳に記されていた言葉がメールで送られてきました。山本周五郎の「人間の価値は、いかに生きたかにあるのではない。いかに生きようとしたかである」という言葉です。彼は、常に志としては、主に仕え献げる生き方をしようとしていました。それが福島行きになりました。「彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた」とあります。「神に人生を献げ仕える」という思いは祈りです。目に見えない誰にも知られない祈りです。その祈りを目指して歩んでいきたいと思います。