与えられたテキストはマタイ福音書20章20-26節です。イエスは「この世に生まれた」と言わないで、「神からこの世に遣わされた」と言います。「神から遣わされた」のですから、遣わした神の目的と意味があるはずです。その点から考えてみたいと思います。イエスが、どの時点で自分が遣わされた意味と目的を自覚したか詳しくは分かりません。3章17節に「その時、『これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者』と言う声が、天から聞こえた」とあります。イエスがバプテスマのヨハネから洗礼を受けた時の出来事です。この時からイエスが罪人の救いのために遣されたという自覚を持ち始めたと思われます。20章26節に「あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者なり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子が、仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じように。」とあります。バプテスマのヨハネや貧しい人や病人と交わるうちに、多くの人の身代金、贖罪として神からこの世に遣わされたという使命と目的がイエス心のうちに明確になっていきました。
17節に「イエスはエルサレムに上って行く途中、12人の弟子たちだけを呼び寄せて言われました。『今、わたしたちはエルサレムに上って行く。人の子は、祭司長たちや律法学者たちに引き渡される。彼らは死刑を宣告して、異邦人に引き渡す。人の子を侮辱し、鞭打ち、十字架につけるためである。』」とあります。この「エルサレムに上って行く」には「心に決めて」という意味があります。マルコ福音書は「イエスの態度に弟子たちが、驚き怪しみ、恐れた。」と言っています。イエスにとって十字架を負うことは自明なことではなく、血の汗を流すような内的な戦い、苦闘の祈りの結果です。イエスの十字架を負う決断には、内面の激しい戦いがあり、苦悩と葛藤に打ち克って、決断し、選び受け入れたのです。
マタイ20章20節に「そのとき、ゼベダイの息子たちの母が、その二人の息子と一緒にイエスのところに来て、ひれ伏し、何かを願おうとした。」とあります。イエスは十字架の苦難と死を前にして苦悩しています。しかし、彼女の思いはイエスの苦しみに遠く及ばないのです。イエスは常に人の苦難を自分の苦難にしようとしている心優しいイエスです。イエスの行動の原点は「気の毒に思う」であると言われます。「気の毒に思う」はギリシャ語で「スプランクナゼニサイ」と言い、「腸(はらわた)、相手の痛みを自分の痛みにすること」を意味します。イエスの考え、思い、行動、働きなど、全ての事柄は人の苦しみと痛みを自分の痛みとするところから起こっているのです。
21節に、「イエスが『何が望みか』と言われると、彼女は言った。『王座にお着きになるとき、この二人の息子が、一人をあなたの右に、もう一人を左に座れるとおっしゃってください』」とあります。普通でしたら、死を前にした人が「望みはないか」などと尋ねることはありません。しかし、イエスは違います。イエスは人の痛みを自分の痛みとする優しい心、スプランクナゼニサイをもっています。彼女に心を使っているのです。
しかし、彼女にはイエスの心を読み取ることができません。死を前にしたイエスに、我が子を何とかとして欲しいと嘆願しています。彼女は自己中心の罪に捕らわれている人間の姿を表しています。自己中心は彼女だけではありません。ほかの10人の弟子たちも、この二人のことで腹を立てたと言います。10人の弟子たちも自分のことしか考えていないのです。どうしようもないほど自己中心的な罪の存在です。現代美術家の椿昇さんは人間の欲望を真正面から見据えていると言われています。椿昇さんは「人類は長年、欲望をそのままにしてきた。そのために、欲望は地球規模に膨れあがり、制御不能の瀬戸際まできている。私たちはその瀬戸際に生きている。残された時間は多くはない」と言っています。パウロは人間の欲望は際限を知らないように拡大している。人間の欲望をそのままにしていたら、互いにかみ合い、共食いし滅んでしまう。問題は際限のない欲望、自己中心の罪から救い出されることである。人間の自己中心と欲望の罪を克服できる別の生き方が求められなければならないと言っています。26節に、「しかし、あなたがたの間では、そうであってはならない。あなたがたの中で偉くなりたい者は、皆に仕える者になり、いちばん上になりたい者は、皆の僕になりなさい。人の子は仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのとおなじように。」とあります。イエスは、この言葉通り、徹底的に仕える者として生き、わたしたちの罪を許すために自分の命を十字架に捧げてくださいました。フィリピの信徒への手紙2章6節に、「キリストは、神の身分でありながら、神と等しい者であることに固執しようとは思わず、かえって自分を無にして、僕の身分になり、へりくだって、死に至るまで、それも十字架の死に至るまで従順でした。このため、神はキリストを高く上げ、あらゆる名にまさる名をお与えになりました。こうして、天上のもの、地上のもの、地下のものがすべて、イエスの御名にひざまずきました」とあります。パウロは仕える者の恵み、僕になる者の勝利を讃えています。
マタイ福音書27章56節に「その中には、マグダラのマリア、ヤコブとヨセフの母マリア、ゼベダイの子らの母がいた」とあります。イエスが十字架に付けられたとき、それを見守っている人々の中に「ゼベダイの子らの母」がいました。彼女は自分の身に及ぶ危険も顧みないで、十字架のもとに立ち続けていました。自分の息子だけはと言う自己中心の彼女は、そこにはありません。ヘロデ・アグリッパ王によって処刑されたヤコブも立っていました(使徒言行録12:2)。ヨハネも殉教の死を遂げました。彼らは、主イエスに出会い、生き方、人生、価値観の全てが変えられました。十字架のイエスは、私たちに仕えられる者になる道ではなく、仕える者になる道を選ぶ恵みと力を与えてくださいます。仕える道に生きることが結局祝福を受けるという信仰を信じ、受け容れる者に導いてくださり、仕えていく道を喜べる信仰を与えてくださいます。
フェリス女学院の創設に関わった若松賤子という人があります。本名は「松川かい」、ペンネームは「若松賤子」です。バーネットの「小公子」の翻訳者で、「女学雑誌」に紀行文を載せた女性文学者です。明治女学校の校長岩本善治と結婚し、4人の子どもが与えられます。しかし、肺結核のために、32歳でなくなりました。その亡くなる前に夫の岩本善治を枕元に呼んで「葬儀は公にせず、伝記は書かず、墓には『賤子』とだけ銘してください。人が、もし、尋ねたら、一生キリストの恩寵を感謝した婦人とだけ申してください。仕えるだけに生きる。それは辛いことが多いですが、最後に主から『善い忠実な僕よ』と、主から祝福を受けます。」と遺言されたそうです。わたしたちも、主イエスの言葉を最終の目的にし、主の祝福に向かって歩んでいきたいと思います。