ヨハネ福音書の使命はギリシャ人の世界にキリストの福音を伝えることでした。18節以下には、ユダヤ人の迫害を恐れて、目を癒された子供の両親が、癒してくれたのはイエスであることを証言ができなかったことがと記されています。22節には「両親がこう言ったのは、ユダヤ人たちを恐れていたからである。ユダヤ人たちは既に、イエスをメシアであると公に言い表す者がいれば、会堂から追放すると決めていたのである」とあります。ユダヤ人やギリシャ人はイエスに対して激しく反抗し、イエスをメシアと告白することを拒絶しました。10章31節には「ユダヤ人たちは、イエスを石で打ち殺そうとして、また石を取り上げた。」とあります。キリストの福音がギリシャ人やユダヤ人から厳しく排斥されていたことが記されています。イエスが安息日の規定を破って、盲人を癒したからです。イエスを救い主と信じることを赦せなかったのです。
彼らの信仰は因果応報論、苦難応報説です。タルムードの律法にあるように、病気や不幸や災難は罪と不義が原因であるという考えでした。ユダヤ人もギリシャ人も伝統的な因果応報、苦難応報説を信じていました。しかし、イエスは因果応報、苦難応報説を否定しました。因果応報論には真理と救いがない、逆に、苦しめているというのです。ヨブも何も罪を犯していないのに、不条理にも様々な不幸、災難、病気に冒され、精神的にも肉体的にも苦難を負いました。伝統的な因果応報論、苦難応報説(宿命論)に立つヨブの三人の友人は、苦しむヨブを見て、隠れたところで罪を犯しているためであり、罪を認め悔い改めるべきであると迫りました。ヨブを慰めるはずの三人の友人の言葉は逆にヨブを苦しめました。彼らは真実と真理に従っていません。彼らは倒錯していました。因果応報論に立つファリサイ派の人々は、イエスに向かって「われわれが見えないと言うのか」と怒りました。イエスは「あなた方は、見えないと言えば、罪はなかったであろう。しかし、見えると主張する。そこに、あなたたちの罪がある。」と言いました。因果応報信仰は、「われわれは見える。あなた方は見えない」と他人を差別し、自己を傲慢にさせます。
盲学校の教師をされた赤座憲久さんは、「目の見えない子ら~点字の作文を育てる」の著書の中で、「視力障害者を苦しめているのは、日本人の伝統的な因果応報論(宿命論)である。私たちは頭にこびりついている通俗仏教の劣悪な因果応報思想から、自由にされなければならない」と言っています。聖公会の信者である赤座先生は「イエスは、人を苦しめる因果応報論を否定し、新しい解釈というか、新しい世界を開かれました。私たちが不幸だと思うことに新しい解釈を創造されました。主イエスによって、私たちが不幸だと思うことが光を放つようになった」と述べています。
赤座先生の知人に生まれながらの肝臓機能障害の子を持つ母親がいました。肝臓機能障害は移植しか、治療方法がなかったそうです。不条理なことですが、その子は中学3年生、15歳で亡くなられました。母親は「神様は、なぜ、このような難病をいたいけな子に与えられたのでしょう。この子が何か悪いことをしたのでしょうか。いや、そんなはずはありません。この子は生まれたとき、すでにこの病気に冒されていたのです。それでは、わたしたち両親が悪いのでしょうか。親の罪のためにこれ程までに、子どもは苦しまなければならないのでしょうか。そうだとすれば、こんなむごいことはありません。何と言って、この子に詫びればいいのでしょうか。私たちはこの問題で長い間苦しんできました。答えは見つかりませんでした。しかし、答えが聖書の中にあることが分かりました。主イエスは誰かが、悪いわけではないとおっしゃいました。このイエスの言葉によって、私たちはどんなに平安が与えられたことでしょう」と記しています。母親はイエスの言葉によって、長く彼女を苦しめていた因果応報論から解放され、自由にされました。
9章3節に「イエスはお答えになった。『本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである。わたしたちは、わたしをお遣わしになった方の業を、まだ日のあるうちに行わねばならない。』」とあります。このイエスの言葉は母親を解放し、自由にしました。イエスの「神の業がこの人に現れるためである」の「この人に」は、口語訳では「彼の上に」です。本文は「彼の中で・in」です。「彼の上に」と言いますと、彼の外側の、他の人に見える行動・働きを意味します。しかし、「中で・in」は彼の内面、心になります。「現れる」は「明白になる。明確になる」という意味です。つまり、「神の業が彼の中で明確になる」となります。「業」は、ギリシャ語で「エルゴン」と言い、「愛・独り子を十字架に付けた神の愛」という意味です。イエス・キリストがわたしのために十字架に犠牲になってくださった。そのイエスの愛が彼の内側で明確になったというのです。つまり、彼をして、キリストの愛が生まれつき目の見えないという不条理を乗り越えさせたというのです。言い換えれば、キリストのためにという彼の生きる目的が明確になったというのです。
玉田敬二牧師は旧制の中学生の時に、病気で視力を失い、絶望の淵に投げ込まれました。目が見えなくなったことを嘆き、悲しみ、恨み、憎しみさえ抱いた時が度々あったそうです。しかし、先生は、その絶望の淵から奇跡的に救われました。キリストがわたしのために苦しみ、死なれた事実を知ると、イエス・キリストのために生きたいという思いになり、苦しみに意味があることを信じることができるようになられたというのです。
この「キリストのために」という信仰は霊的な命であると言われます。パウロは、何回も「キリストのために」という言葉を述べています。パウロは生まれながらの病気を持っていました。福音伝道のために、何度も迫害に遭いました。そのとき、パウロを生かしたのは、「キリストのため」という信仰です。ロ-マの信徒への手紙14章8節に「わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬ」とあります。フィリピの信徒への手紙1章29節には「あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、キリストのために苦しむことも、恵みとして与えられているのです」とあります。
苦しみを通してイエス・キリストが寄り添ってくださる事実を信じることができるというのです。キリストのために生かされ、生きるという信仰が与えられることを祈りたいと思います。