2020年12月20日  ルカ福音書2章1-20節 「キリストの降誕」

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 ルカ福音書はイエスの誕生をローマの皇帝アウグストゥスと対比して物語っています。アウグストゥスは「現に生きている神」という意味で、本名はオクタァビアヌスと言い、アントニウスを倒し覇者になり、ローマ元老院から贈られた称号です。世界の大帝国、巨大な軍隊と交易と富とをひと手に握る英雄、皇帝と讃えられました。アアウグストゥスは神の顕現者、つまり、自分を神のように崇めることを求めました。更に大元帥、大祭司と呼ばせ、世の絶対的な権力者になりました。
そのアウグストゥスに対照的なのがイエス・キリストです。イエスはローマ帝国の一植民地であったユダの地で最も小さい、ベツレヘムという村で、貧しいマリアという女から生まれました。ローマ皇帝アウグストゥスが人頭税の徴収のために、住民登録の勅令を発したため、身籠もっていたマリアはガリラヤのナザレから、許婚者のヨセフの本籍地であるベツレヘムへ旅をしなければなりませんでした。子どもを身籠もっていましたので、不安に駆られ心騒がしていました。ベツレヘムに着きましたが、泊まる宿屋がないのです。仕方なく、家畜小屋を借り、そこで月が満ちて、イエスが誕生したというのです。
6節に「ところが、彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」とあります。この「布」は「ボロ、古着、汚れた布」という意味です。マリアの居場所はなかったというので、ボロ布にくるんで飼い葉桶に寝かせたというのです。イエスの誕生を「色彩」で表せば「漆黒」です。イエスの誕生は聖画に描かれている光景とは違い、匂いのする家畜小屋での、貧しい、惨めな、悲惨な誕生です。ルカ福音書は、イエス・キリストとローマの皇帝アウグストゥスと、どちらに真実と真理があるか、愛と救いはどちらにあるかと問いながら物語っています。「だれを信じ、従っていくか」と問いかけて描いています。
竹森満佐一牧師はイエスの誕生を暗闇に立つ一軒家に例えています。暗闇の中に一軒の家が建っています。突然その家の戸が開き、家の中の明かりが漏れ、楽しそうな笑い声が聞こえてきます。やがて、家の人が出てきて、訪ねて来た人々を送り出している。挨拶が終え、訪ねて来た人々は帰って行きました。すると、直ぐに家の戸は閉められ、辺りは元の暗闇に包まれました。先生はこの「光景」はイエスの誕生を象徴していると言われるのです。
イエスの誕生の前史を見ると、イザヤ9章1節に「闇の中を歩む民は、大いなる光を見、死の陰の地に住む者の上に、光が輝いた」とあります。世は暗闇です。北イスラエルの滅亡、バビロン捕囚、シリアのアンテオコス・エピフャネスの弾圧、ローマ皇帝アウグストゥスの迫害と暗闇の歴史は続いていました。竹森先生が言われるように、イエスの誕生は暗闇の中の一瞬の輝きの出来事であります。誕生後も、依然として、ローマ皇帝の弾圧と迫害は続きました。60年にネロ皇帝のクリスチャンの大迫害が起こり、70年には、ユダヤ戦争が起き、エルサレムは陥落します。イエスの誕生の出来事は「一瞬の輝き」です。しかし、一瞬の出来事は決定的な意味をもっていました。イエスの誕生は、ヨハンネス・ハンゼルマンが「わたしたちの人生は、飼い葉桶の幼子から始まる」と言うように、世界の歴史にも、個人の人生にも、決定的な意味を持つ出来事であります。ローマ帝国は三百年後、夕陽が沈むように没落していきました。ところが、貧しく生まれたイエスは、多くの人々に受け入れられ、信じられ、イエスのために惜しみなく生涯を献げる人々が続いています。
ルカ福音書2章8節に「その地方で羊飼いたちが野宿しながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。『恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。今日ダビデの町で、あなたがたのめに救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである』」とあります。ルカ福音書は最初にイエスの誕生の知らせを受け、幼子に出会ったのは、野宿しながら羊の番をしていた羊飼いだと言います。彼らは、宮殿や神殿に仕える者と違って、貧しく、小さく、弱く、生き甲斐も、希望も見出せないで、刹那的に生きていた人々です。20節に「羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った」とあります。呟き、悲嘆に暮れている羊飼いたちはイエスに出会うと、神をあがめ、讃美するものに変えられたというのです。
ルターは、「羊飼いたちは、神をあがめ、また讃美しながら帰って行ったというが、どこに帰って行ったか。彼らは、あの豪華な宮殿でも、神殿でもない、依然として困難な問題が待っている暗闇の荒れ野に帰っていった」と言います。羊飼いたちは苦難と試練に直面させられる世界へ帰って行ったのです。しかし、来たときとは違います。飼い葉桶に寝かされているイエスに出会い、苦難の意味と勝利の信仰を持って帰って行ったというのです。
今年もクリスマスを迎えましたが、やはり、目に見える現実は何も変わっていません。依然と厳しい、矛盾や不条理に押しつぶされそうな現実です。だからこそ、神が与えてくれた救いと愛を受け入れ、信頼して、従っていきたいと思います。羊飼いたちが、神をあがめ、讃美しながら歩んだように、私たちも神の名を崇めることを究極の目的として歩んで行きたいと思います。