与えられたテキストは創世記40章のヨセフ物語です。ヨセフは兄弟たちにエジプト人に奴隷として売られ、主人の妻ポティファルによって引き起こされた冤罪で捕らえられ、牢獄に閉じ込められ、13年間獄中生活を過ごさなければなりませんでした。ドストエフスキーは革命運動に関わったと冤罪で逮捕され、死刑判決を受けましたが、執行寸前に中止し、九死に一生を得ました。その後シベリアに送られ、4年間獄中生活を送りました。その時の経験を「死の家の記録」に「皆卑劣になっていた。中傷と陰口は絶え間がなかった。それは地獄であり、闇の世界であった」と記しています。ヨセフはその地獄と闇の世界を13年間も経験しました。このヨセフ物語は窮地に立たされたヨセフの信仰について記しています。
ヨセフの捕らえられていた牢獄に、エジプトの王ファラオに仕える給仕役の長と料理役の長が投獄されてきました。二人は不思議な夢を見ましたが、解き明かすことはできず、恐れおののいていました。7節に「ヨセフは主人の家の牢獄に自分と一緒に入れられているファラオの宮廷の役人に尋ねた。『今日は、どうしてそんなに憂うつな顔をしているのですか』」とあります。ヨセフは恐れ絶望する彼らを見て尋ねました。ここにヨセフの信仰が表れていると思います。
ヨセフは兄弟に裏切られ、エジプト人に奴隷として売られ、ポティファルに買われ、ポティファルの妻に濡れ衣を着せられ、無実の罪で投獄されました。それでもヨセフは人間不信に陥り、人生を呪い、世を恨むことはありませんでした。逆に、苦しむ人の話を聞き、他者を思いやり、共感しています。コリントの信徒への手紙Ⅱ1章4節に「神は、あらゆる苦難に際してわたしたちを慰めてくださるので、わたしたちも苦難の中にある人々を慰めることができます」とあります。ヨセフは17歳頃エジプトに連れてこられ、冤罪で捕らえられ、13年間獄中生活を送りました。ヨセフは筆舌に尽くし難い苦難と悲しみを経験しました。その経験を通し、神に豊かに慰められました。その神の慰めをもって他人の悲しみと苦しみを自分の事柄とすることができたというのです。
8節に「『我々は夢を見たのだが、それを解き明かしてくれる人がいない。』と二人は答えた。ヨセフは、『解き明かしは神がなさることではありませんか。どうかわたしに話してみてください』と言った」とあります。「解き明かしは神がなさること」は、詩編57編23節に「あなたの重荷を主にゆだねよ。主はあなたを支えてくださる。主は従う者を支え、とこしえに動揺しないように計らってくださる」とありますように、神は世界を支配しておられる。その神を信頼して、全てを委ねていくということです。
ヨセフは、給仕役の長の夢を解き明し、「三日の内にファラオに許され、元の給仕役に復帰することができる」と言いました。そして、牢獄から釈放された時には、わたしの無実の罪をファラオに話して、自分をここから出してもらえるよう、取り計らって欲しいと頼みました。給仕役の長は、ヨセフの解き明かし通り、許され元の給仕役に復帰しました。しかし、給仕役の長はヨセフのことを思い出さず、忘れてしまいました。全く無慈悲な、残酷な話です。ヨセフは間は自分の事しか考えない世の不条理と矛盾を経験しました。しかし、ヨセフは不条理で無慈悲な世界を照らす真の光があるというのです。
ある神学者は「わたしたちの根源的な不安は忘れ去られるところにある。苦しみは誰にも知られない、理解されない、忘れられてしまう。そこに不安の根源がある」と言っています。ガラテヤの信徒への手紙4章8節に「ところで、あなたがたはかつて、神を知らずに、もともと神でない神々に奴隷として仕えていた。しかし、今は、神を知っている、いや、むしろ神から知られているのに、なぜ、あの無力で頼りにならない支配する諸霊の下に逆戻りし、もう一度改めて奴隷として仕えようとしているのですか。」とあります。ヨセフは神を知るだけでなく、神に知られている、神は知り尽くしている信仰について語っています。詩編56編9節に「あなたはわたしの嘆きを数えられたはずです。あなたの記録に、それが載っているではありませんか」とあります。わたしたちの存在が誰にも記憶されない時でも、神はわたしたちの存在を記憶しているというのです。ドストエフスキーは、クリスマスの夜、シベリアに送られる途中、町の警察署の留置所に泊まった時、慰問に来た近くの教会の婦人会長から、小さな新約聖書をプレゼントとされました。ドストエフスキーはその新約聖書をシべリアの獄中でよく読み、イエス・キリストのことを知りました。いや、神から知られている事実が分かったと言っています。「たとえ、これが嘘であるにしても、自分はこの心を打つ真実なもの、これと一緒に、立ったり、倒れたり、生きたり、死んだりしたい」と記しています。神に知られているという信仰は、人を窮地から救う力を持ち、人を生まれ変わらせる力を持っています。
コリントの信徒への手紙Ⅱ4章7節に「ところで、わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるために、わたしたちは、四方から苦しめられても行き詰まらず、途方に暮れても失望せず、虐げられても見捨てられず、打倒されても滅ぼされない。」とあります。神は並外れて偉大な力をもって、わたしたちを知り尽くし、守り導いてくださいます。わたしたちのことを知り尽くしてくださるイエス・キリストを見上げて歩んで行きたいと思います。