与えられたテキストは表題によれば、「ヨセフの一族の開拓地」です。イスラエルは約束の地カナンに侵入し、占領すると、それぞれの部族に領地を分配しました。ヨセフの子らであるエフライム、マナセ族にも分配されました。エフライムとマナセ族はヨセフの子孫で、誇るべき伝統を持っていましたので、広くて条件の良い領地が割り与えられると思っていました。ところが、彼らに与えられた領地は、条件の悪い、生活のしにくい土地でした。14節に「あなたはなぜ、ただ一つのくじによる嗣業の土地、一つの割り当てしかくださらないのですか」とあります。エフライムとマナセ族は割り当てられた領地に不満を漏らしました。すると、ヨシュアは「あなたの民の数が多くて、エフライムの山地が手狭なら、森林地帯に入って行き、ペリジ人やレファイム人の地域を開拓するがよい」と言いました。ヨシュアは、ヨセフの子たちが失っていた信仰、つまり、神はこれまで守り導き祝福してくださった。これからも、神は必ずヨセフの子らを守り導く、神にゆだねていくという信仰を呼び起こそうとされたのです。
かつてヨシュアはモーセから聞かされました。「神は、エジプト脱出以来、荒れ野の中を、ある時は父が子を背負うようにイスラエルの民を導いてきた。ここまで力強く導かれた神は、これからも導かれる。今あなたがたの前に難しい問題があるからと言って、どうして、神を疑うのか。これまで祝福されてきた神が、これからも守ってくださることを信じなさい」と。ヨシュアはモーセの教えに従い、力強いヤーウェの神への信仰をヨセフの子たちに言い聞かせたのです。
マルコ福音書8章にイエスが弟子たちを教え諭す場面があります。弟子たちがガリラヤ湖を舟で渡っている時、パンを持ってくるのを忘れたことに気付き、互いに責め合いました。それを知ったイエスは「なぜパンがないからと論じ合っているのか。まだ分からないのか。まだ悟らないのか。あなたがたの心は鈍くなっているのか。耳があっても聞こえないのか。まだ思い出さないのか。五つのパンをさいて五千人に分けた時、拾い集めたパンくずは、幾つの籠になったか」と言いました。イエスは五つのパンで五千人を給食する奇跡を行い、神が養ってくださる事実を示されました。弟子たちはその事実を経験したのに、パンがない現実に囚われて、神が共にいてくださる信仰を失い、互いに責め合い、悪口を言い合っているのです。信仰は昨日(きのう)も、今日も、将来も寄り添い、共にいてくださり神を信じて生きることです。イザヤ書41章10節に「恐れることはない。わたしはあなたと共にいる神。たじろぐな、わたしはあなたの神。」とあります。ヨシュアは、ヨセフの子らに、恐れないで、共にいる神の信仰に立つことを求めたのです。
16節に「ヨセフの子らが、『山地だけでは足りません。しかし、平地に住むカナン人は、ベト・シェアンとその周辺村落の住民もイズレエル平野の住民も皆、鉄の戦車を持っています。』と言うと。」とあります。ヨセフの子らが、与えられた領地は大部分が山地で、人の住める土地は僅かしかない、生活するには狭すぎると言います。すると、ヨシュアは「森林が多いならば、そこを切り開いて行きなさい。今こそ、あなたがたは皆が力を合わせる時だ。」と諭しました。さらに、ヨセフの子らが「自分たちの領地には、鉄の戦車を持っている強い軍団の先住民がいる。開拓せよと言っても、われわれの力ではどうにもなりません」と言いますと、ヨシュアは「カナン人は鉄の戦車を持っていて、強いかもしれないが、きっと追い出すことができます。神の力を頼って戦いに勝ち、その信仰を証しする時が与えられたのです」と言っています。ローマの信徒への手紙8章28節に「神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている」とあります。神は万事を益としてくださり、マイナスをプラスに変えてくださるというのです。創世記50章19節には「恐れることはありません。あなたがたはわたしに悪をたくらみましたが、神はそれを善に変え、多くの民の命を救うために、今日のようにしてくださったのです。どうか恐れないでください」とあります。神は悪を善に変えて、不利な条件と思われることを有利な条件に変えてくださる。その力強い神を信じて勇気と希望をもって、ネガティブではなく、ポジティブに生きていくというのです。
ある方は、職場で突然、配置換えがあり、不本意な部門への配置が決まりました。彼女は心を乱し、なぜそんな所で働かなければならないのか、と心の中で叫びました。次の主日教会の礼拝に出席されました。そこで語られた御言葉は、信じない者ではなく、信じる者になりなさい。神はマイナスをプラスに変えてくださるというメッセージだったそうです。彼女は乱されていた心が穏やかになり、御言葉を信じる者へと変えられました。マイナスと思い込んでいた配置転換も、すべてを益としたもう神の意志だと受け入れることができました。不安であった職場の配置換えが、喜びと期待に変えられたというのです。
ローマの信徒への手紙8章37節に「これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです」とあります。わたしたちの信じる御言葉は輝かしい勝利を与え、マイナスをプラスへと変え、不利を有利に変えてくださいます。神の約束を信じて、すべてをゆだね、それぞれの場所に遣わされていきたいと思います。