2020年9月27日 マタイ福音書6章25-32節「空の鳥、野の花を見よ」
25節に「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。」とあります。「空の鳥をよく見みなさ…
25節に「だから、言っておく。自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。空の鳥をよく見なさい。」とあります。「空の鳥をよく見みなさ…
与えられたテキストはマタイ6:5-8節で、表題にありますように「祈るときには」です。7節に「また、あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない。」とあります。「くどくどと述べる」は、二つの言葉、「空しい」と「ことば」か…
与えられたテキストはマタイ福音書6章1-4節の「施しをするときには」です。竹森満佐一先生は、この御言葉を短く要約すれば、神の前で生きることの「幸い」を語っていると言っています。自分はいつも神の前にあるのだとわきまえて生きる。神のまなざしの…
与えられたテキストはマタイ福音書6章21-26節です。24節に「あなたが祭壇に供え物を献げようとし、兄弟が自分に反感をもっているのをそこで思い出したなら、その供え物を祭壇の前に置き、まず行って兄弟と仲直りをし、それから帰って来て、供え物を…
「あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である」のギリシャ語の原文には、「あなたがた」を強調するために、「ヒューメイン」という人称代名詞があります。また、「あなたがたは地の塩である。あなたがたは世の光である」の「ある」は、ギリシャ語…
与えられたテキストはマタイ福音書5章8節の「心の清い人々は幸いである。その人たちは神を見る」です。多くの場合、この言葉を喜びと自由を与える福音として聴くのではなく、「ネバナラナイ」という律法的言葉として聴いてしまいます。主イエスは福音、救…
与えられたテキストはマタイ福音書5章6節「義に飢え渇く人々は幸いである。その人たちは満たされる」であります。詩編146編に「いかに幸いなことか。ヤコブの神を助けと頼み、主なるその神を待ち臨む人。」と、イザヤ書19章25節に「幸いなるかな、…
与えられているテキストはマタイ福音書5章5節の「柔和な人々は幸いである。その人たちは地を受け継ぐ」という言葉です。「柔和な人々は幸いである」の「柔和」は、日本語では、「柔・やわらかい」と「和・やわらぐ、なごむ」という意味で、「やさしい、お…
与えられたテキストはマタイ福音書5章4節「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。」という言葉です。この言葉を聞く者は戸惑いを感じるのではないでしょうか?誰も実際に悲しんでいる人に、「幸いである」と言うことは出来ません。イエスし…
マタイ福音書5章3節に「心の貧しい人々は幸いである。天の国はその人たちのものである」とあります。この「心の貧しい人々は」は、いろいろな言葉で翻訳されてきました。例えば、カトリック教会のフランシスコ会訳は「自分の貧しさを知る人々」、岩波訳聖…
与えられたテキストはマタイ福音書5章1-12節の「山上の説教」です。1節に「イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰をおろされると、弟子たちが近くに寄って来た。そこでイエスは口を開き、教えられた」とあります。「この群衆を見て、山に登られた…
与えられたテキストはマタイ福音書4章18-25節です。ここには二つの物語、一つは、イエスの弟子になるペトロとアンデレ、ヤコブとヨハネがイエスに従う物語です。もう一つは、さまざまな病気で悩む人々がイエスに癒され、イエスに従う物語です。4章1…
イースターのテキストはマタイ福音書28章1-10節の「復活する」です。1節に「さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが墓を見に行った。すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、…
レント・受難節で、与えられたテキストは、十字架を前にして、イエスがエルサレムに上る途中で起こった出来事を記しています。28節に「人の子が仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じよう…
テキストはイエスが初めて私的な立場から公の立場に立ち、宣教を始めたところです。12節に「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた」…
テキストはイエスの荒れ野の誘惑物語です。「人はパンだけで生きるものではない」という言葉は広く知られていますが「神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」は知られていません。また「人はパンだけで生きるものではない」という言葉が広く知られているか…
テキストは洗礼者ヨハネの物語です。ヨハネは「バプテスマのヨハネ」と呼ばれていたように悔い改めを迫り、悔い改めのしるしとしてヨルダン川で、バプテスマ・洗礼を授け、洗礼運動を起こしました。3節に「これは預言者イザヤによってこう言われている人で…
与えられたテキストは創世記12章1-4節とマタイ福音書2章13-15節です。アブラム(アブラハム)がハランに住んでいた時、「わたしが示す地に行きなさい」という神の言葉が臨みました。「行きなさい」は、「出立、出発する」と言う意味です。言い換…