2020年7月26日 マタイ福音書5章5節 「柔和な人の幸い」
与えられているテキストはマタイ福音書5章5節の「柔和な人々は幸いである。その人たちは地を受け継ぐ」という言葉です。「柔和な人々は幸いである」の「柔和」は、日本語では、「柔・やわらかい」と「和・やわらぐ、なごむ」という意味で、「やさしい、お…
与えられているテキストはマタイ福音書5章5節の「柔和な人々は幸いである。その人たちは地を受け継ぐ」という言葉です。「柔和な人々は幸いである」の「柔和」は、日本語では、「柔・やわらかい」と「和・やわらぐ、なごむ」という意味で、「やさしい、お…
与えられたテキストはマタイ福音書5章4節「悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる。」という言葉です。この言葉を聞く者は戸惑いを感じるのではないでしょうか?誰も実際に悲しんでいる人に、「幸いである」と言うことは出来ません。イエスし…
マタイ福音書5章3節に「心の貧しい人々は幸いである。天の国はその人たちのものである」とあります。この「心の貧しい人々は」は、いろいろな言葉で翻訳されてきました。例えば、カトリック教会のフランシスコ会訳は「自分の貧しさを知る人々」、岩波訳聖…
与えられたテキストはマタイ福音書5章1-12節の「山上の説教」です。1節に「イエスはこの群衆を見て、山に登られた。腰をおろされると、弟子たちが近くに寄って来た。そこでイエスは口を開き、教えられた」とあります。「この群衆を見て、山に登られた…
与えられたテキストはマタイ福音書4章18-25節です。ここには二つの物語、一つは、イエスの弟子になるペトロとアンデレ、ヤコブとヨハネがイエスに従う物語です。もう一つは、さまざまな病気で悩む人々がイエスに癒され、イエスに従う物語です。4章1…
一人の女性がイエスに香油を注ぐ有名な物語で、四つの福音書にあります。行われた時ですが、マタイとマルコでは、最後の晩餐の前日です。ヨハネ福音書ではイエスのエルサレムに入城される前日です。この3福音書はイエスの埋葬の準備、また、イエスを贖いの…
与えられたテキストは使徒言行録1章3-8節で、復活された主イエスが、弟子たちの前に現れ、聖霊降臨の約束をする場面です。4節に「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがた…
与えられたテキストはルカ福音書19章45-48節です。イエスがエルサレムに上り、エルサレム神殿の信仰の荒廃と腐敗を目撃しました。祭司長や指導者たちがお供え用の鳩を高額で売り、お賽銭のために両替店を出し、私利私欲を満たしていました。45節に…
テキストはヨハネ福音書6章1-21節です。1節に「その後、イエスはガリラヤ湖、すなわちティベリアス湖の向こう岸に渡られた。」とあります。ヨハネ福音書は「ガリラヤ湖」を「ティベリアス湖」と呼んでいます。「ティベリアス」は、ローマ皇帝ティベリ…
イースターのテキストはマタイ福音書28章1-10節の「復活する」です。1節に「さて、安息日が終わって、週の初めの日の明け方に、マグダラのマリアともう一人のマリアが墓を見に行った。すると、大きな地震が起こった。主の天使が天から降って近寄り、…
受難節第6主日の礼拝で、与えられたテキストは「オリーブ山で祈る」です。43節、44節に「すると、天使が天から現れて、イエスを力づけた。イエスは苦しみもだえ、いよいよ切に祈られた。汗が血のしたたるように地面に落ちた」とあります。大きな[ ]…
レント・受難節で、与えられたテキストは、十字架を前にして、イエスがエルサレムに上る途中で起こった出来事を記しています。28節に「人の子が仕えられるためではなく仕えるために、また、多くの人の身代金として自分の命を献げるために来たのと同じよう…
テキストはイエスが初めて私的な立場から公の立場に立ち、宣教を始めたところです。12節に「イエスは、ヨハネが捕らえられたと聞き、ガリラヤに退かれた。そして、ナザレを離れ、ゼブルンとナフタリの地方にある湖畔の町カファルナウムに来て住まわれた」…
テキストはイエスの荒れ野の誘惑物語です。「人はパンだけで生きるものではない」という言葉は広く知られていますが「神の口から出る一つ一つの言葉で生きる」は知られていません。また「人はパンだけで生きるものではない」という言葉が広く知られているか…
テキストは洗礼者ヨハネの物語です。ヨハネは「バプテスマのヨハネ」と呼ばれていたように悔い改めを迫り、悔い改めのしるしとしてヨルダン川で、バプテスマ・洗礼を授け、洗礼運動を起こしました。3節に「これは預言者イザヤによってこう言われている人で…
テキストはフィリピの信徒への手紙4章10-14節です。11節に「わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです」とあります。パウロは今獄に捕らえられ、極刑は免れない状況です。それなのに「自分の置かれている境遇に満足する(十分…
与えられたテキストはフィリピの信徒への手紙4章4-7節です。4節に「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい」とあります。原文は「常に」という副詞が文頭にあります。ギリシャ語で「パース」と言い、「全て」と意味です。ローマの信徒…
与えられた御言葉の一つはヨハネ福音書8章32節の「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」です。「真理」は、ギリシャ語で「アレセイア」と言い、新約聖書の中で54回使われています。たとえば、ヨハネ福音書18章のイエスの裁判の場…
与えられたテキストはフィリピの信徒への手紙3章17節以下です。17節に「兄弟たち、皆一緒にわたしに倣う者となりなさい」とあります。この「わたしに倣う者になりなさい」の「倣う」は、ギリシャ語で「ミメオマイ」と言い、語源は「ミヌー・命」で、「…
与えられたテキストはフィリピの信徒への手紙3章12-14節です。5節に「わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、熱心さの点では教会の…