2019年4月21日 ヨハネ福音書20章11-18節 「主イエスの復活」

 今日はイースターです。イエスの復活物語を見ますと、イエスは金曜日にポンテオ・ピラトによって死刑の宣告を受け、十字架につけられ、午後3時に息を引き取られました。陽が沈むと安息日に入りますので、アリマタヤのヨセフが大急ぎで、イエスの遺体を引き…

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2019年4月14日ルカ福音書23章32-43節 「十字架の贖い」

 今日は棕櫚の主日で、今日から受難週です。イエスの十字架への道行きを想起します。イエスの十字架の記事は四つの福音書それぞれに記されていますが、読み比べて見ますとそれぞれ違いがあります。ルカ福音書は十字架の事実だけを簡潔に記しています。例えば…

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2019年3月31日 ルカ福音書19章11-27節 「良い忠実な僕」

 与えられたテキストは「ムナのたとえ」です。ある立派な家柄の人が王の位を受けるために、遠い国へ旅立つことになりました。そこで10人の僕を呼んで、10ムナを渡し、「わたしが帰って来るまで、これで商売をしなさい」と旅立ちました。暫くしてから、彼…

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2019年3月24日 ルカ福音書10章25-37節 「隣人になる」

 アルベルト・シュヴァイツァーというアフリカの医療伝道に尽くされたノーベル平和賞の医師がおりました。牧師で、神学者で、哲学者、オルガニストでもありました。彼は30歳の時、礼拝の中で、サムエルのように、「シュヴァイツァーよ、シュヴァイツァーよ…

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2019年3月10日 ルカ福音書19章1-10節 「言葉は力」

 多くの宗教が人間の修養や思索によって真理を得ていくのに対して、聖書の宗教は神が人間に語りかけることによって示された真理を受け入れ、従っていく宗教です。パウロは「実に信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まる」と言…

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2019年2月24日 ルカ福音書18章35-43節 「ただ一心に」

 与えられたテキストはルカ福音書18章35-43節です。イエスが、十字架を目指してエルサレム向かう途中、エリコを通過する時のことです。物乞いをしていた盲人が、イエスが通ることを知り、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫びました。弟…

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2019年2月17日 ルカ福音書18章18-30節 「救われるのは誰か」

 ビクトール・フランクルは「心理療法の26章」という著書の中で、一人の末期ガンに冒された看護婦のことを記しています。彼女は検査の結果、回復の見込みのない、末期ガンだということが分かりました。彼女は看護婦の仕事を天職と愛し、生き甲斐としていま…

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2019年2月10日 ルカ福音書18章15-17節 「幼な子のように」

 与えられたテキストはルカ福音書18章15-17節で、「子供を祝福する」です。この記事はマルコ福音書にも、マタイ福音書にも記されております。三福音書それぞれに記されているということは、多くの人々がこのイエスの言葉に出会い、悔い改められ、新し…

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2019年1月27日 ルカ福音書18章9-14節 「主を見上げて」

 与えられたテキストは「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえです。ファリサイ派の人は律法に忠実で、熱心で、人々から尊敬されていました。徴税人はローマ帝国の徴税の請負人で、税金を厳しく徴収するため大変嫌われ、軽蔑されていました。14節に「言って…

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2019年1月6日 創世記12章1-4節 マタイ2章13-15節「出立つ」

 与えられたテキストは創世記12章1-4節とマタイ福音書2章13-15節です。アブラム(アブラハム)がハランに住んでいた時、「わたしが示す地に行きなさい」という神の言葉が臨みました。「行きなさい」は、「出立、出発する」と言う意味です。言い換…

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2018年9月23日 ルカ福音書16章1-13節 「永遠の友イエス」

 与えられたテキストは、「不正な管理人のたとえ」です。「ふしぎなキリスト教」の著者橋爪大三郎さんは「不正な管理人のたとえは極めつき解りにくい。イエスの言っていることの不可解さは際立っている」と述べています。「ある金持が管理人を雇って、財産を…

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2018年8月19日 ルカ福音書14章15-24節 「神の招き」

 与えられたテキストはルカ14章15-24節です。表題は「大宴会のたとえ」です。ある主人が盛大な晩餐会を催そうとして、招待状を出し、当日には、僕を送り、「もう用意ができましたから、おいでください」と丁重に招きました。しかし、招待された人々は…

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2018年8月5日 ルカ福音書14章1-6節 「イエスの十字架の愛」

 与えられたテキストはルカ福音書14:1-6節です。1節に「安息日のことだった。イエスは食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったが、人々はイエスの様子をうかがっていた」とあります。イエスは安息日に、汚れた霊に取りつかれた人や1…

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2018年7月29日 ルカ福音書13章31-35節 「道ありき」

 テキストはルカ福音書13章31-35節です。文脈を見ると、13章23節では、弟子と思われる人が、イエスに「主よ、なぜ救われる者は少ないのでしょうか」と尋ねました。すると、主イエスは、その問いに直接答えられず、「狭い戸口から入るように努めな…

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2018年7月22日 ルカ福音書13章22-30節 「主に従う決断」

 与えられたテキストはルカ福音書13章22-30節です。以前に「1パーセントを越えよう。どうしてクリスチャンの数が日本人の人口の1パーセントを超えられないか。越えるためには?」というテーマで超教派の集会がありました。また、前のICU教会牧師…

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2018年7月15日 ルカ福音書13章10-21節 「神の国の到来」

 与えられたテキストはルカ福音書13章10-21節です。三浦綾子さんは、戦争前、小学校の教員をされ、子どもたちに天皇と国家のために、進んで犠牲になることを無批判に教えていましたが、戦争が終わると、空しさに襲われ、虚無と絶望の中におかれました…

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2018年7月1日 ルカ福音書13章1-9節 「主イエスの執り成しの恵み」

 与えられたテキストはルカ福音書13章1-9節です。1節に「ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた」とあります。これは、ガリラヤからエルサレム神殿の礼拝に来ていた人々が、総督ピ…

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2018年6月24日 ルカ福音書12章49-53節 「主に繋がって」

 与えられたテキストはルカ福音書12章49-53節です。加藤常昭先生は画龍点晴という四字熟語で解釈しています。画龍点晴は、絵に描いた龍に目を書き入れると、龍が生き、天に昇って行ったと言う故事に由来し、ある一点、目を書き入れることによって死ん…

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2018年6月17日 ルカ福音書12章41-48節 「主の到来を待つ」

 与えられたテキストはルカ福音書12章41―48節です。文脈を見ると、12章1節以下、イエスは、さまざまな試練と苦難に直面し、恐れおののく弟子たちに対して、恐れと思い煩いからの解放を約束しています。12章28節には、「野の花を見よ。今日は野…

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2018年6月3日 ルカ福音書12章35-40節 「幸いな者」

 日野原重明先生に「死をどう生きたかーわたしの心に残る人々―」という著書があります。先生が主治医として診察された患者の中で、特に印象に残った方々のことが記されています。その内の千浦美智子という女性ですが、彼女は考古学者で漸く研究の成果が評価…

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