2022年2月27日 「信仰の原点」 イザヤ書12章1-6節

 与えられたテキストはイザヤ書12章1-6節です。この言葉を解釈する前にイザヤの信仰の原点である信仰体験を理解する必要があると思います。イザヤが20歳頃、神殿に入りました。当時は神殿の中で香をたいていました。その香の煙の中で一つの幻を見ます…

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2022年2月13日 「恐れることはない」 イザヤ書7章1-12節

 与えられたテキストはイザヤ書7章1-11節です。大国アッシリアは国内のゴタゴタのため、南方に手を伸ばすことが出来ませんでした。北イスラエル、アラム、ダマスコ、サマリヤの国々は連合し、アッシリアに抵抗しようと企てました。しかし、南ユダはアッ…

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2022年2月6日 「十字架の恵み」ルカ福音書19章28-44節

 与えられたテキストはルカ福音書19章28-44節です。28節に「イエスはこのように話してから、先に立って進み、エルサレムに上って行かれた」とあります。「このように話してから」は、その前の「ムナのたとえ話」を意味します。或る王が、十人の僕に…

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2022年1月30日 「死を超える生」イザヤ書6章1-11節

 黒澤明に「生きる」という作品があります。主人公は市役所に勤める中年の公務員です。彼は毎日、判を押したように同じ仕事を、ただ惰性的に繰り返していました。朝8時に出勤し、午後5時になると、さっさと書類をしまって家に帰ってくる。まったく平凡な生…

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2022年1月23日 「命を与えるイエス」マルコ福音書8章27-38節

 主イエスが初めて、自分の進む道は苦難の道であることを明らかにされたところです。31節に「人の子(イエス)は、必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちに排斥されて殺される」とあります。この「必ず」は神の御旨、神の定めを意味します。…

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2022年1月16日 「さぁ、起きなさい」 ルカ福音書7章11-17節

 与えられたテキストはルカ福音書7章11-17節です。イエスがナインという町の門に近づいた時、葬列がお墓に亡骸を葬りに行くために、城門を出て行くところでした。一人の婦人が激しく涙にくれながら、大勢の町の人達に支えられながら棺に付き添っていま…

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2022年1月9日 「真の信仰」ルカ福音書7章1-10節

 与えられたみ言葉はルカ福音書7章1節から10節で、百人隊長の僕がイエスにいやされる物語です。9節に「イエスはこれを聞いて感心し、従っていた群衆の方を振り向いて言われた。『言っておくが、イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たこと…

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2022年1月2日 「新しくされる」 コリントの信徒への手紙Ⅱ5章17節 イザヤ書40章39-42節 

 新しい年を神の恵みのうちに迎えることができ、新らたな歩みを始めたいと思います。昨年は世界的には終末のような出来事が相次いで起こりました。しかし、私たちはどのような時代であっても、失望・落胆することのないようにしたいと思います。全て愛をもっ…

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2021年12月26日  ルカ福音書2章22-35節「今こそ、救いを見た」

イエスが生まれて四十日目、イエスは両親に抱かれてエルサレム宮殿に連れて行かれます。それは、神に捧げるためでした。旧約聖書の律法に、最初に生まれた男の子は主に捧げるということが定められていました。その定めに従ってイエスは、神に捧げられたのです…

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2021年12月19日 ルカ福音書2章8-20節「キリストの誕生」

ルカ福音書2章8節に「その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。天使は言った。『恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。…

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2021年12月12日ルカ福音書1章39-45節 「福音を信じる喜び」

エリサベトとザカリヤの老夫婦には長い間、子どもがありませんでした。聖書の時代には子どもは神の祝福のしるしと考えられ、子どもがないことは、恥しいことと思われていました。二人は子供が与えられることを願って、長く祈り続けてきました。しかし、今や、…

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2021年12月5日 マルコ福音書5章1-20節「掛け替えのない存在」

与えられたテキストはマルコ福音書5章1-20節です。悪霊に取りつかれたとか、レギオンという霊とか、二千匹の豚が溺れ死ぬなど異様な光景が描かれ、現実的はではありません。1節によれば、この出来事が起こった場所は「ゲラサ人の地」で、異邦人の地です…

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2021年11月28日 マルコ福音書4章35-41節 「向こう岸に渡ろう」

イエスはその日の夕方、弟子たちに「向こう岸に渡ろう」と言われました。「向こう岸」とは、具体的には5章1節に記されているように「ゲラサ人の地方」の「異邦人の地」です。ユダヤ人は神から特別に選ばれたという「誤った選民意識」を持っていました。異邦…

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2021年11月21日 マルコ福音書3章13-19節 「使徒の使命」

13節に「イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそばに集まって来た。そこで12人を任命し、使徒と名付けられた」とあります。「任命する」は、ギリシャ語では「造る、創造する」という言葉です。人間を創造すると言えば、創世記2…

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2021年11月14日 マルコ福音書3章1-6節 「イエスの愛」

イエスが安息日に会堂に入られると、そこに片手の萎えた人がいました。ファリサイ派の人々はイエスがどうするか見張っていました。イエスはその人を真ん中に立たせ、「安息日に律法で許されているのは,善を行うことか、悪を行うことか、命を救うことか、殺す…

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2021年11月7日 マルコ福音書2章38-28節 「律法は人のために」

テキストは,弟子たちが安息日に、麦畑を通っていたとき、麦の穂を摘み始めた。その様子を見ていたファリサイ派の人々が、「なぜ安息日にしてはならないことをするのか」と抗議したという。彼らは安息日に麦の穂を摘むことは、律法違反だというのです。彼らは…

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2021年10月31日 マルコ福音書2章18-22節 「信仰に生きる幸い」

与えられたテキストはマルコ福音書2章18-22節です。イエスがファリサイ派の人々や律法学者たちと断食について論争する場面です。18節「ヨハネの弟子たちやファリサイ派の人々は、断食をしていた。そこで、人々はイエスのところに来て言った。『ヨハネ…

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2021年10月24日 マルコ福音書2章13-17節「救われた喜びを伝える」

マルコ福音書は、ガリラヤ湖の漁師であったペトロたちを弟子に招かれるイエスを、また、重い皮膚病の人を清めるイエス、中風の人を癒されるイエスを描いています。17節に「イエスはこれを聞いて言われた。『医者を必要とするのは、丈夫な人ではなくて病人で…

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2021年10月17日 マルコ福音書2章1-12節「大いなる愛」

与えられたテキストはマルコ福音書2章1-12節です。文脈的には五つの論争物語が記されていますが、その内の一つです。ファリサイ派と律法学者たちと論争を通して、イエスの信仰とファリサイ派、律法学者の信仰との根本的な違いが明らかにされています。イ…

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