2020年3月8日 マタイ福音書3章1-12節 「主に仕える」
テキストは洗礼者ヨハネの物語です。ヨハネは「バプテスマのヨハネ」と呼ばれていたように悔い改めを迫り、悔い改めのしるしとしてヨルダン川で、バプテスマ・洗礼を授け、洗礼運動を起こしました。3節に「これは預言者イザヤによってこう言われている人で…
テキストは洗礼者ヨハネの物語です。ヨハネは「バプテスマのヨハネ」と呼ばれていたように悔い改めを迫り、悔い改めのしるしとしてヨルダン川で、バプテスマ・洗礼を授け、洗礼運動を起こしました。3節に「これは預言者イザヤによってこう言われている人で…
テキストはヨシュア記19章17-23節の「イサカル物語」で、イサカルに領地が割り当てられるところです。イサカルに与えられた領地は、ガリラヤ湖の南西部のエズレル平原の一角で、思ってもみないほど狭い土地でした。イサカルにはゼブルンという弟があ…
テキストはフィリピの信徒への手紙4章10-14節です。11節に「わたしは、自分の置かれた境遇に満足することを習い覚えたのです」とあります。パウロは今獄に捕らえられ、極刑は免れない状況です。それなのに「自分の置かれている境遇に満足する(十分…
与えられたテキストはフィリピの信徒への手紙4章4-7節です。4節に「主において常に喜びなさい。重ねて言います。喜びなさい」とあります。原文は「常に」という副詞が文頭にあります。ギリシャ語で「パース」と言い、「全て」と意味です。ローマの信徒…
イスラエルの民はヨシュアに率いられてヨルダン川を渡り、神の約束の地、カナンに侵入しました。その後12部族それぞれに土地の配分が行われました。今日のテキストはゼブルン族に土地の配分がされたところです。「ゼブルン」は、ヘブル語で「ザーバル」と…
与えられた御言葉の一つはヨハネ福音書8章32節の「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」です。「真理」は、ギリシャ語で「アレセイア」と言い、新約聖書の中で54回使われています。たとえば、ヨハネ福音書18章のイエスの裁判の場…
与えられたテキストはフィリピの信徒への手紙3章17節以下です。17節に「兄弟たち、皆一緒にわたしに倣う者となりなさい」とあります。この「わたしに倣う者になりなさい」の「倣う」は、ギリシャ語で「ミメオマイ」と言い、語源は「ミヌー・命」で、「…
与えられたテキストはフィリピの信徒への手紙3章12-14節です。5節に「わたしは生まれて八日目に割礼を受け、イスラエルの民に属し、ベニヤミン族の出身で、ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員、熱心さの点では教会の…
与えられたテキストはマルコ福音書1章12-13節の「誘惑を受ける」です。マルコ福音書は、マタイ、ルカ福音書と違って、イエスがサタンの誘惑を退け、勝利する詳細な姿を記していません。マタイとルカ福音書の「誘惑物語」は、イエスが40日間の断食後…
新しい年を迎えお祝い申し上げます。与えられたテキストはヨハネ福音書6章の「湖の上を歩く」です。文脈を見ます。6章1節以下の「五千人に食べ物を与える」から始まっています。弟子たちは山の上で「五つのパンと二匹の魚」で行ったイエスの給食に与かり…
与えられたテキストは「カナの婚礼」です。イエスとマリアはある婚礼の祝宴に出席していましたが、祝宴の途中でぶどう酒がなくなるという事件に巻き込まれました。祝宴の途中でぶどう酒がなくなることは大変な失態でした。マリアは裏方の台所を任せられてい…
与えられたテキストは、ルカ福音書2章1-12節のクリスマス物語です。ルカは独自の資料を用い、イエスの誕生はローマ皇帝アウグストウスが住民登録の勅令を発した年であると言っています。しかし、ローマの歴史家ヨセフスやタキトウスによると、アウグス…
アドベント第三週の主日を迎えました。年老いたザカリアと妻エリサベトに間に、男の子が誕生し、命名する場面です。ザカリアは天使から「男の子が与えられる」と告げられますが、神の言葉を信じることができず、口が利けなくなります。しかし、神の言葉はど…
アドベント第二週を迎えました。今日与えられたテキストはルカ福音書1章26-45節で、マリアの受胎告知の場面です。天使ガブリエルが、「マリア、恐れることはない。あなたは神の恵みをいただいた。あなたは身ごもって男の子を産むが、その子をイエスと…
今日からアドベントが始まります。与えられたテキストはルカ福音書1章5-25節です。ザカリアがくじを引き、聖所で祭儀を行っていた時、天使が現れ、「あなたと妻エリサベトの間に子どもが産まれる」と告げられます。ザカリアは「わたしは老人で、妻も年…
与えられたテキストはフィリピの信徒への手紙3章1-9節です。「では、わたしの兄弟たち、主において喜びなさい。同じことをもう一度書きますが、・・・・」で始まっています。この「では(ロイポン)」という接続詞は、口語訳聖書は、「最後に」と訳して…
「宗教」という言葉ですが、ラテン語のreligio(レリギオ)を翻訳したと言われています。「レ・再び」と「リギオ・結ぶ、繋ぐ」です。英語では「religion」で、「再び結ぶ、繋ぐ」などの意味です。つまり、「人と神、人と人が再び結びつく、…
与えられたテキストはフィリピ信徒への手紙2章16、17節です。16節に「こうしてわたしは自分が走ってきたことが無駄でなく、労苦したことが無駄ではなかったと、キリストの日に誇ることができるでしょう」とあります。この文章は、12節の「わたしの…
預言者エリヤは、時の王アハズが広めたバアル宗教や悪政、強権政治を批判したために、激しい迫害を受け、生命の危機に直面しました。それを知った神はエリヤに命じました。「立って北の果てのシドンのサレプタへ行き、そこに住め。わたしは一人のやもめに命…
与えられたテキストはフィリピの信徒への手紙の2章12-13節です。12節に「だから、わたしの愛する人たち、いつも従順であったように、わたしが共にいる時だけでなく、いない今はなおさら従順でいなさい」とあります。パウロは、「だから」という接続…