2019年3月3日 ヨシュア記13章1-7節 「使命に生きる」

 与えられたテキストはヨシュア記13章1-7節です。1節に「ヨシュアが多くの日を重ねて老人となったとき、主は彼にこう言われた。『あなたは年を重ねて、老人となったが、占領すべき土地はまだたくさん残っている。』」とあります。年を重ねて、老人にな…

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2019年2月24日 ルカ福音書18章35-43節 「ただ一心に」

 与えられたテキストはルカ福音書18章35-43節です。イエスが、十字架を目指してエルサレム向かう途中、エリコを通過する時のことです。物乞いをしていた盲人が、イエスが通ることを知り、「ダビデの子よ、わたしを憐れんでください」と叫びました。弟…

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2019年2月17日 ルカ福音書18章18-30節 「救われるのは誰か」

 ビクトール・フランクルは「心理療法の26章」という著書の中で、一人の末期ガンに冒された看護婦のことを記しています。彼女は検査の結果、回復の見込みのない、末期ガンだということが分かりました。彼女は看護婦の仕事を天職と愛し、生き甲斐としていま…

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2019年2月10日 ルカ福音書18章15-17節 「幼な子のように」

 与えられたテキストはルカ福音書18章15-17節で、「子供を祝福する」です。この記事はマルコ福音書にも、マタイ福音書にも記されております。三福音書それぞれに記されているということは、多くの人々がこのイエスの言葉に出会い、悔い改められ、新し…

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2019年2月3日 サムエル記下15章1-37節 「主にゆだねる」

 或る先生は「高齢者の日々は絶壁の尾根を歩いているようなものである」と言います。北アルプスの前穂高から西穂高への道は馬の背ほどの細い尾根で、一歩足を踏み外せば、深い谷底に転落してしまいます。そのような危機の中を生きるのが高齢者の人生であると…

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2019年1月27日 ルカ福音書18章9-14節 「主を見上げて」

 与えられたテキストは「ファリサイ派の人と徴税人」のたとえです。ファリサイ派の人は律法に忠実で、熱心で、人々から尊敬されていました。徴税人はローマ帝国の徴税の請負人で、税金を厳しく徴収するため大変嫌われ、軽蔑されていました。14節に「言って…

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2019年1月20日 サムエル記下13章1-36節 「憐れみ深い神」

 与えられたテキストはサムエル記下13章1-36節「アムノンとタマル」と「アブサロムの復讐」で、ダビデ家に起こった醜聞・スキャンダルが記されています。ダビデの子のアムノンとアブサロムとその妹タマルの物語です。アムノンは異母妹タマルに恋してい…

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2019年1月6日 創世記12章1-4節 マタイ2章13-15節「出立つ」

 与えられたテキストは創世記12章1-4節とマタイ福音書2章13-15節です。アブラム(アブラハム)がハランに住んでいた時、「わたしが示す地に行きなさい」という神の言葉が臨みました。「行きなさい」は、「出立、出発する」と言う意味です。言い換…

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2018年10月21日 サムエル記上18章1-11節 「神に結びついて」

 今日のテキストは「ダビデとサウル王」の物語です。ゴリアトを打ち倒したダビデは、サウル王の家臣に召し抱えられ、兵士長に任命されました。たびたび戦場に派遣され、出陣し、その度に勝利し、大成功を納めました。或る日、サウル王とダビデが戦を終えて、…

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2018年9月23日 ルカ福音書16章1-13節 「永遠の友イエス」

 与えられたテキストは、「不正な管理人のたとえ」です。「ふしぎなキリスト教」の著者橋爪大三郎さんは「不正な管理人のたとえは極めつき解りにくい。イエスの言っていることの不可解さは際立っている」と述べています。「ある金持が管理人を雇って、財産を…

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2018年8月19日 ルカ福音書14章15-24節 「神の招き」

 与えられたテキストはルカ14章15-24節です。表題は「大宴会のたとえ」です。ある主人が盛大な晩餐会を催そうとして、招待状を出し、当日には、僕を送り、「もう用意ができましたから、おいでください」と丁重に招きました。しかし、招待された人々は…

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2018年8月12日 イザヤ書53章1-10節 「苦難の意味」

 イザヤ書の前にまず、ヨブ記について見てみます。ヨブ記は天上で行われた神とサタンとの議論で始まります。神がヨブほど義しい信仰を持っている者はいないと言いますと、サタンは、恵まれた中にいるからであって、不幸なことが起これば、信仰を捨てます。す…

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2018年8月5日 ルカ福音書14章1-6節 「イエスの十字架の愛」

 与えられたテキストはルカ福音書14:1-6節です。1節に「安息日のことだった。イエスは食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったが、人々はイエスの様子をうかがっていた」とあります。イエスは安息日に、汚れた霊に取りつかれた人や1…

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2018年7月29日 ルカ福音書13章31-35節 「道ありき」

 テキストはルカ福音書13章31-35節です。文脈を見ると、13章23節では、弟子と思われる人が、イエスに「主よ、なぜ救われる者は少ないのでしょうか」と尋ねました。すると、主イエスは、その問いに直接答えられず、「狭い戸口から入るように努めな…

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2018年7月22日 ルカ福音書13章22-30節 「主に従う決断」

 与えられたテキストはルカ福音書13章22-30節です。以前に「1パーセントを越えよう。どうしてクリスチャンの数が日本人の人口の1パーセントを超えられないか。越えるためには?」というテーマで超教派の集会がありました。また、前のICU教会牧師…

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2018年7月15日 ルカ福音書13章10-21節 「神の国の到来」

 与えられたテキストはルカ福音書13章10-21節です。三浦綾子さんは、戦争前、小学校の教員をされ、子どもたちに天皇と国家のために、進んで犠牲になることを無批判に教えていましたが、戦争が終わると、空しさに襲われ、虚無と絶望の中におかれました…

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2018年7月8日 イザヤ書51章1-3節 「希望を抱いて」

 テキストはイザヤ書51章1-3節です。著者は第二イザヤと言って、バビロン捕囚民の一人で、無名の預言者です。歴代誌下36章、列王記下25章には、「神殿には火が放たれ、エルサレムの城壁は崩され、宮殿はすべて灰燼に帰し、貴重な品々はことごとく破…

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2018年7月1日 ルカ福音書13章1-9節 「主イエスの執り成しの恵み」

 与えられたテキストはルカ福音書13章1-9節です。1節に「ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた」とあります。これは、ガリラヤからエルサレム神殿の礼拝に来ていた人々が、総督ピ…

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2018年6月24日 ルカ福音書12章49-53節 「主に繋がって」

 与えられたテキストはルカ福音書12章49-53節です。加藤常昭先生は画龍点晴という四字熟語で解釈しています。画龍点晴は、絵に描いた龍に目を書き入れると、龍が生き、天に昇って行ったと言う故事に由来し、ある一点、目を書き入れることによって死ん…

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2018年6月17日 ルカ福音書12章41-48節 「主の到来を待つ」

 与えられたテキストはルカ福音書12章41―48節です。文脈を見ると、12章1節以下、イエスは、さまざまな試練と苦難に直面し、恐れおののく弟子たちに対して、恐れと思い煩いからの解放を約束しています。12章28節には、「野の花を見よ。今日は野…

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